宮崎県議会議員 清山とものりのブログです。

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宮崎県議会議員 清山とものりブログ

急病センターの実態調査

報告が遅れましたが、先日、宮崎大学の学生さん4名で戸敷市長に対して急病センターの患者実態調査報告がなされました。
急病センターとはイオン北側の宮崎市郡医師会病院内に設置してある、午後7時から翌朝7時までの救急診療所です。
宮崎市が宮崎市郡医師会へ運営を委託している事業で、宮崎市の場合は365日休まず内科、外科、小児科の3診療科を開業しております。

県内で同様の急病センターは都城や延岡、日向、日南などにございますが、365日と年間を通じて3診療科とも開業しているのは宮崎市と都城市のみで、他の地域においては午後7時から11時までの準夜帯のみとか、週末のみの対応、または内科と小児科のみの対応など様々な制限があります。
そうした状況になっている最大の理由は、医師不足です。医師さえ確保できれば、時間帯も曜日も診療科も拡大できます。

曜日や診療科に関係なく、夜間はいつでも医師にかかることができると宮崎市や都城市周辺にお住まいの方は思われるかもしれませんが、他の地域においてはそれは当たり前でないということも知っておいた方が良いのではないでしょうか。
6月から、延岡市医師会は延岡における急病センターの診療曜日を内科で水曜日も行うことを決めました。当然、医師会員への負担は増えますが、少しでも延岡市周辺の住民の健康のため、県立病院の負担軽減の為に努力していくということです。

宮崎市の場合は宮崎市郡医師会の会員の先生方と、さらに足りない枠を宮崎大学の若手医師の先生方に来て頂いて埋めておりますが、近年はその枠を埋めるにも苦労していると医師会の先生から伺っております。
実は私も、なかなか埋まりにくい曜日がある場合、この急病センターでお手伝いすることがあります。

前置きが長くなってしまいましたが、この急病センターの利用実態を宮大医学部の学生が調査してみようと、昨年の夏の8月1日-7日の一週間、午後7時から翌朝7時まで急病センターに張り付いてくれました。
学生の為の休憩室があるわけではなく、また正式な職員でもないことから色んな苦労があったと思います。毎日12時間、それを7日間ボランティアで調査し続けてくれるのは学生にしかできないかもしれません。
結果、435名の患者さんの重症度評価や聞き取り調査を行うことができ、これほどの規模の救急受診調査としては県内でも最大規模だと思われます。

戸敷市長と市長室にて
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調査の結果はこちら(PDF)
いくつか重要なスライドのみ掲載します。

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内科と小児科では7割が医師により軽症と評価されました。
もちろん、軽症患者の中から重症患者を見極めるのがドクターの役割なので、この数字もいくつが適切な割合なのかという正解はありません。
つまりそうと判断するエビデンスは無いのですが、まあ常識に照らして「軽症患者、多いね」と感じます。

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利用回数で特徴的なのは、小児科ではないでしょうか。
半分近くを3回目以上の利用が占めていて、なんと5回以上の多数の利用経験が27%にのぼっています。
一部のリピーターが頻用している実態があるのかもしれません。

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受診理由として、bまでは理解できますが、cとdとなるとうーん、という感じです。
内科で多いですね。
小児科では親の「不安感」が最大の理由であることが分かりました。

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私としては一番興味深いスライドだなと思いました。
最初の3つのスライドは、はっきりいえば客観的な正解は無い問題提起でもありますが、このスライドにみられる年代別の受診傾向は明らかに「不自然」です。
60代の団塊の世代をピークとして、今の日本社会は高齢者の人口が多い構造をしています。
さらに、身体機能も落ち、免疫機能も落ちてくるため高齢者ほど様々な病気に罹る確率は上がりますが、このスライドではそうした客観的事実とは逆に20代30代の受診者が多く、60-80代の高齢者はいずれの層も20-50代を下回っています。
下の段の軽症患者の割合にしてもそうです。

これは実際に診療していて持つ印象と一致していて、とにかく「若者が多い」と感じます。その殆どが軽症です。
この理由を、若者のモラルの低下と片付けてしまっては考慮が浅い気がします。
こうした若い世代の受診者は、夜間に受診することが医療者の負担、そして市の財政負担になるということに「自覚」がありません。そうした事実を「知らない」ので、時間外に受診することに躊躇もしないし悪い気もしない。

県内の厳しい医療事情を伝える新聞は読まず、市や県の広報も手に取ってくれない若い世代に、どのように救急医療の適正利用を理解してもらうのか。
テレビの広報効果は今なお健在だと思いますが、行政がそうした番組を作って流そうとするとお金がかかる。
この医学生による実態調査も各メディアに通知致しましたが、テレビ局はNHKが放送したのみで、他の民放2社にもできれば放送して頂きたかったなと思います。
ドクターヘリも大事ですが、こうした基本的な救急医療も皆が理解を深めて支えていく必要があります。

そういえば、去年の一般質問から県にお願いを続けてきた、救急車の適正利用の呼びかけがようやくみやざき医療ナビへ掲載されるようになりました。小児の電話相談の案内も増えました。
ぜひ一度ご覧下さい。

連休明け

5月27日の議会報告会の準備に追われています。
今日は会場の市民文化ホールへ行って打ち合わせ。会場設営や懇親会の段取りなどを話し合いました。

当日前半に話して頂く石川善樹さん(株式会社キャンサースキャン イノベーションディレクター)は、あのTEDの東京大学版、TED X UTokyo で5月20日にスピーカーとして登場されます。

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===紹介文===
「あなたの寿命を10年伸ばす、非常識な健康づくり」
 医学部健康科学科卒業後、ハーバード公衆衛生大学院にて最新の健康づくりを研究。現在は、株式会社キャンサースキャンにて、日本各地の健康づくりに取り組む。
「社交的でポジティブな人ほど、早死にしやすいって知ってますか?!」と問いかける彼がTEDxUTokyoで健康づくりの常識をひっくり返す。
===引用終わり===

この5月20日のTED X UTokyoも参加したいのですが、残念ながら宮崎で仕事が入っていて無理でした。
当日、石川さんの話を楽しみにしたいと思います。


当日は私が昨年設立しました自由民主党宮崎県宮崎市第二支部の総会も開催予定で、そちらの準備にも追われています。
総会を開くのも初めてで、何をどのような段取りで遂行すればよいのか、手探りで進めています。
今日は所属党員の方々へ案内するための往復はがきをせっせと作成しておりました。先ほどようやく完成です。


連休中にそうした苦手な事務作業をやっておけばこんなに慌てないのですが、どうしても連休は仕事モードになりきれませんでした、、
初日は知人のお宅によばれてバーベキュー。毎年恒例です。
バーベキュー.jpg

2日目は日中に市内で行事があり、夜から急病センターの手伝い。
連休の中日で忙しく、3時間で26人の患者さんを診させて頂きました。
普通の外来だと「いつもの患者さん」の再診なんかも含まれますが、全てが新患の外来というものは緊張感の連続です。医師がたくさんいると言われるこの宮崎市のエリアでも、60を超えた開業医の先生方が出てこなければ回すことができないのが現状です。
そういえば先週、この急病センターの患者実態調査を宮大医学部の学生達が市長へ結果報告し、テレビや新聞で報道されました。追ってブログでも報告致します。

3日目はこどもの日。潮干狩りへ。
しかし現地はこの状況。
潮干狩り2.jpg

市長にも偶然遭遇しました。
後で思ったんですが、宮崎でこれだけの人出を喚起するイベントは数少ないのに、周辺には出店が一件もおられませんでした。
運動公園内などは規制も厳しいのかもしれませんが、多くの需要がころがってるのにもったいない気がします。

うちの収穫は、、秘密ということで。
潮干狩り.jpg

その後は日南海岸でお弁当を食べました。
後ろは鬼の洗濯岩です。
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4日目も五ヶ瀬ワイナリーに行ったり。
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ワイナリーのある高台からは阿蘇山が綺麗に見えました。
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久しぶりのブログ更新でしたが、きりがないのでこの辺で、、

思い出の患者さん

日曜日は久しぶりに家でゆっくりしておりましたが、夜はお通夜でした。
政治家になってからお通夜へ参ることがぐっと増え、その一つ一つはここで申し上げておりませんが、この日は私がアメリカから宮崎へ帰ってきてすぐ、そして大学病院を辞めるまで診続けた患者さんのお通夜でした。

球脊髄性筋萎縮症という難病を患われた方で、当初は車いすに乗りながらも外来に元気に来られていた方ですが、病気が進行して誤嚥するようになり、急性誤嚥性肺炎を患って入院されてから最期まで2年弱に及ぶ入院生活へ入りました。
私がある病院で週1回の外来を行っていたころ、ちょうどその病気が新しく医療費の公費助成の対象と認められた時で(いわゆる特定疾患と認定された)、その説明をして手続きを行ったことを覚えております。

大学病院へ入院してからは気管切開を行い、発熱を繰り返して検査や治療を繰り返したり、急性期治療を脱することができない時期が実に長く続いたので非常に印象深い患者さんとなりました。
後半では点滴も全て抜けるようになり、大学病院周辺を車いすで散歩できるほど落ち着きました。その時一緒に散歩している写真が今も実家のお店に飾っております。
奥さんが非常に献身的な看護を続けられ、毎日平和台近くから大学病院まで自転車とバスを乗り継いで通ってこられていました。
私が大学病院を辞めてからも、実家へちょくちょく寄ってくれて写真を頂いたり、近況を報告してくれておりましたが、奥さんの身体の方が心配でした。
記憶が定かではありませんが、今年の1月か2月に久しぶりに大学から移った入院先の病院へお見舞いに伺った時は明るく気丈にされていたので安心しておりましたが、先週急に息を引き取られたようです。

私が患者さんの葬儀へ参加させて頂いたのは2度目ですが、最後のご挨拶ができて良かったです。

自民党青年局

私は自民党青年局へ所属しており、青年局次長を拝命しております。
もちろん県議としていきなり入党したのでそうした役職を頂戴しているのですが、今まで青年局活動を長く続けてこられた党員の方々も多くいます。

土曜日は私の担当している異業種交流会、そして午後にはサンフランシスコ平和条約締結60周年を記念した街頭活動でした。
今回は保育連盟青年部の方の研修会と合同の形をとり、橘保育園園長である弘中先生よりこども新システムの課題等についてご講演を頂きました。
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保育園の利用料は公定価格で決まっており、各園の定員等も施設基準で決定し、更に補助事業、そして都会では自治体による助成等もあるようで、公の関与と制度の網で固められている印象を受けました。
子ども・子育て新システムとは、「子ども・子育て支援法案」、「総合こども園法案」、「関係整備法案」の3つを包括した呼び方で、そうした法案を改正して保育園や幼稚園、市町村、そして利用者との関係、役割を抜本的に変更していくものです。
たとえば保育園の場合、今までは市町村が保育料を利用者より徴収し、市町村から保育園に対して運営費の支払いを行っていましたので利用者からみれば現物給付の形をとっていましたが、新しい制度の下では利用者に対する個人給付を基礎として子ども園が保育料を徴収する形へ変更されたり、行政の関与が、「義務」から「責務」へと後退したり、危惧される点が数多く存在します。株式会社の参入を促す仕組みもあるようです。
私も勉強を始めたばかりで理解の浅い部分もございますが、子どもや親にとってどういった形の制度がベストなのか考えていきたいと思います。弘中先生の講演は内容も盛りだくさんでまだまだ喋り足りないようでした。時間も限られていて申し訳なかったです。

午後は山形屋前で青年局のメンバーで街頭活動をさせて頂きました。
自民党の街宣車を置き、交代でマイクを握って演説をする傍ら、歩道では自民党の新しい憲法草案の紹介文書を歩行者へ配らせて頂きました。
よろしければどうぞご覧下さい。


政局よりも着実な政治の実行を

最近は夜日程が多く、なかなかブログを更新できませんでした。
夜は12時をまわると機能しないのです。

我が出身の第三内科医局は今年度ベテランの先生も含めて4名の新入医局員があり、非常に頼もしいです。
昨日は新年度会として、その先生方ともお話させて頂きました。
医局の集まりに出ると私は医師として7年目ながら、OBという扱いなので変な感じが致します。

今日は文教警察企業常任委員会が開催され、執行部を招いての初めてのセッションでした。
初回ですので業務の概要説明に留まりましたが、警察や企業局など決して馴染みのある分野とは言えないのでしっかり勉強して取り組んで参りたいと思います。
その委員会の最中に小沢一郎衆議院議員の無罪判決が出ました。
今日、記者さんと話す中でその話題にもおよびましたが、誤解を恐れずに言えば私はどうでもいいと思っています。
国会議員におかれては粛々と仕事をして頂きたいし、解決を図らなければならない課題は山積しています。確かにこの判決で政局が動くかもしれませんが、野党の自民党も小沢氏の証人喚問など行って時間を空費するよりも、着実に政治を前に進めて頂きたいと思います。

最近、偶然ですが2冊の本とある人との会話からクロード・レヴィ=ストロースと日本神話、宮崎、そして江藤淳さんとの繋がりを感じる機会がありました。また別のエントリーで紹介したいと思います。
今日はとりとめの無い内容で申し訳ありません、、

鵜戸山

先日、鵜戸神宮の本部雅裕宮司より「鵜戸山」(鉱脈社)を寄贈して頂きました。
大変恐縮致しました。

本部宮司は昔ながらの歴史的假名遣ひを用ゐて文章を書かれます。日本の國語とは、戰後のわづかな期間に占領政策も影響しながら國語改革と稱して改變されて來ましたが、實は歴史的假名遣ひとは表現がより正確で、豐かな國語でありました。
詳細は福田恆存氏の「私の國語教室」をご參照下さい。
歴史的假名遣ひにこだはりをもつていらつしやるのは、最近まで文藝春秋の卷頭隨筆、「葭の髄から」を執筆されてゐた阿川弘之氏も有名です。
(以上、歴史的假名遣ひで書いてみました)

で、本部宮司の本ですが、まず表紙の写真が非常に清々しいものとなっております。
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内容は本部宮司が今まで書きためられた随筆を集めたもので、なかには今年に入ってからも書かれた文章もございます。
古事記編纂1300年にかける想いや鵜戸神宮の裏話などが盛り込まれております。
なかでも、昭和51年当時、日南海岸沖の海上で石油の試掘を行った船、白龍号の上で試掘の成功祈願を依頼されたエピソードは面白いです。斎場が海の上なので、神職3名が宮崎空港のヘリポートからヘリに乗って白龍号へアプローチ、そして船上で外国人参列者をまじえて祈願祭を行ったようです。
まさか30年以上前に日向灘の海上でそのような祭が行われたとは。

普通に生活していると、宮司さんと接触する機会は稀です。
七五三や厄払い、その他祈祷して頂く場合にお会いするような特別な存在で、まして雑談する機会もありません。
私も政治家になって初めて宮司さん達と普通に接し、お話する機会が増えました。
そんな宮司さんの考え、本音、普段の生活が垣間見える貴重な本です。県内の書店で見かけたら是非お手にとってみてください。

宮崎日英協会記念事業

後援会の方が宮崎日英協会の活動へ大変熱心に取り組んでおられますので、来週末の記念事業についてお知らせ致します。
お時間のある方はぜひ来週土曜日15時より宮崎公立大学へ足をお運びになって下さい。
第1部では英国留学へ興味のある方の質問受付や、第2部では英国音楽を楽しむことができる演奏会も企画されております。
第3部ばかりは有料のディナーパーティーですので、参加希望の方は私の方までご連絡下さい。おつなぎ致します。

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新年度体制

今週は月曜に全員協議会を開催後、火曜まで二日間かけて議会の新年度体制を会派間で話し合って決めました。
といっても互いの会派の議員全員が顔を合わせても議論に収集がつきませんし、我が会派25名(串間市選出の岩下議員が4月より自民党会派入りされています)が向かい合っていれば威圧的であまり冷静に議論できません。
なので、幹事長会議という場で、互いの幹事長同士が話し合います。この幹事長という役職は、3名以上の会派のみが持つことができ、自民党と新みやざき、公明党、そして社民党の4会派です。

ここで、何をテーマとした特別委員会を新年度に設置するか、常任委員会と特別委員会の委員長はどの会派がいくつ取るのか、を話し合います。

特別委員会は「産業活性化対策特別委員会」、「地域医療対策特別委員会」、「水資源保全対策特別委員会」の3つに決まりました。
やはり各会派、取り組みたい内容に違いがありますので、この3つに落ち着くまでに2日目まで持ち越されました。
「地域医療対策特別委員会」は、医療系の特別委員会としては異例の3年連続の設置になるのですが、特に「地域医療を守る条例(仮)」の制定へ向けて取り組むという目的で全会派が合意し、スムーズに設置が決まりました。他に児童虐待や孤立化対策についても調査を進めます。

昨年はがん対策推進基本条例の制定を行い、地域医療に正面から向き合う条例には着手できませんでした。
なので私は会派の中村幸一議員に会長として、また他会派の各議員にも役に就いてご協力頂き、宮崎県議会地域医療研究会を立ち上げさせて頂きましたが、今年の特別委員会の設置によりこの研究会の目的であった地域医療を守る条例制定に目途がたって参りました。
今後は条例制定自体が目的ではなく、条例制定により実効的な成果が表れるよう調査研究して参りたいと思います。
私は特別委員会はこの委員会に所属しております。

ほか、常任委員会は文教警察企業常任委員会へ所属、副委員長職に就きました。
12月に歴史教科書を取り上げた以外は今まで縁の薄い分野でしたが、勉強しながら取り組んで参りたいと思います。

副議長には今朝の新聞報道にもありますように、えびの市選出、4期目の中野一則議員が選ばれました。昨年は会派の会長職にあって、閉会中でも会派控え室でよく顔を合わせる議員の一人ですが、今年もなお忙しくなるようです。

早速来週、警察学校の卒業式へ委員長代理で出席を要請されました。祝辞を述べるわけですが、警察学校の卒業式で祝辞とは、いきなりハイレベルなタスクを与えられてしまいました。。

震災がれきの意見交換会を振り返って

今日、災害廃棄物の広域処理に関する意見交換会を武井俊輔さんと一緒に開催させて頂きました。
日曜の夜にもかかわらずお越し頂いた方々だけあってとても意識が高く、後半の意見交換でも挙手が相次ぎ時間が足りませんでした。
(妻に、日曜の夜という日時設定はいまいちだとさっき教えてもらいました。サザエさんブルーとかいう言葉もあるくらいとか。すみません、私の感覚がずれていました。。)

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スペシャルゲストにもお越し頂き、やる意味も深まりました。また県議の方も来ておられました。
前半が武井さんによる経緯説明、がれき受け入れに対するスタンス、現地の声の紹介など。
私の方から、県議会決議の説明、放射能の健康リスク、そして広域処理に関する考えをお話しました。
この話が長引いてしまい、つい18時15分から19時前までかかってしまいました。
意見交換は19時から20時まで行いましたが、お子さんを連れてこられている方には夜遅くなってしまって申し訳なかったです。

以下、良かった点、反省点。

良かった点
・多くの方々に直接自分の言葉で今回の広域処理に関する考え、情報をお伝えできた。
・関心の高い方々からご意見を聞くことができた。
・意見交換を求める方々の声に少しながら応えられた。

反省点
・「意見交換会」でしたが、主催者側が喋りすぎた。
・こちらからの答えが、受け入れ賛成の為の説明に回りすぎた感がある。意見交換なので必ずしも反論しなくとも、そのまま受け止めても良かったご意見がいくつかあった。反省。
・日時設定がお母さんたちにはフレンドリーではなかった。


参加者から頂いた声に共通してあったのは、こうした意見交換の場を開いたこと自体に対する評価でした。
もちろん、各首長さんや議員の方々も地域の集まり等で説明、意見聴取されているとは思いますが、誰でも参加でき、マスコミにもオープンな場での意見交換は県内では今までなされていないのではないかと思います。
私の考えとしては、今月6日の国への回答期限が過ぎるまでは私個人の活動によって県内自治体の首長さんの判断に、混乱や無用な負荷をかけたくありませんでした。
国への回答も終わりましたし(もちろん4月6日時点の回答ということですが)、私が個人として意見交換を開いて欲しいという声に応じても良い時期かなと思いました。また今回の問題は広域処理の問題に限らず、リスクというものを政治はどう考えるべきなのかという、今後においても重要なテーマが包含されているように思いました。

アンケートに少し目を通したところですが、特に受け入れに反対の方々にとっては今日の説明でも不十分だと感じておられます。
確かに、被災地の状況、廃棄物の処理法、放射能汚染の度合い、放射能による健康リスクなどそれぞれを完全に説明しようとすれば1時間でも2時間でも足りないので今日の説明では足りなかったと思います。
質問や意見に対する回答も、簡単に一言では答えきれないテーマだったので主催者側からの説明に時間が多く割かれてしまい、申し訳なかったです。
最近は私も社会保障と税の一体改革に関する政府説明会や、環境省担当職員による広域処理の説明会などへ出席する機会があったので分かりますが、主催者からの説明に時間がとられてしまうと参加者サイドとしては不満がたまりがちだと思います。
対話といっても、与えられている時間や発言権などにおいては主催者側に優位性があるので、参加者にとってはどうしても「言い足り無さ」が残るのではないでしょうか。そうしたことを終わってから反省しました。


戦没者等慰霊奉賛会

※災害廃棄物の広域処理に関する意見交換会は、必ずしも意見を求められるものではなく聴いているだけでも構いません。
清山事務所までメールか電話、FAXでお名前と参加人数のみお伝え下さい。


今週は護国神社で行われた「戦没者等慰霊奉賛会」へ参加して参りました。
できる限り神宮関係の行事には参加したいと思っているのですが、今年は台湾への視察のために紀元祭にも参加できませんでした。
今回は月曜日の前夜祭から参加することができ、夜の神事という非常に厳かな雰囲気を味わうことができました。
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本番の例大祭は遺族をはじめ多くの関係者の参列で、恐縮ながら昇殿して眺めておりましたが壮観ですらありました。
下の写真は護国神社入り口横の出店の様子で、多くの参列者で賑わっておりました。
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私は戦没者の遺族には該当致しませんが、公職にある限りはできるだけ慰霊祭等、参加して参りたいと思います。

2012年5月

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